家のちかくに長い坂道がある。
その坂道を毎朝、お年寄りの男性がひとり自転車 を押しながらゆっくりと上ってくる。上り坂の頂上まで徒歩で一時間はかかるだろう。その先には長い下り坂が待っている。
上って来られるときはちゃんとした歩道があるから、交通量の比較的多いその道であっても安心だが、下りに入ると途端に歩道はなくなってしまう。車がすれ違うと道路に余裕がなくなるから安心はできない。
朝がそうであるなら夕方はその逆になる。どちらにせよ安心できない道のりだ。どこに行かれているのか、さいぜんはお年寄りといったが、もしかしたら私よりよほど若いかもしれない。
私がその立場になったらどうだろう、車社会にどっぷり浸かってしまっている自分には堪えられない。
そんな光景を眺めていると、かつて家庭にテレビが普及しだしたころの光景が重なってくる。その白黒の14インチのテレビは大切な場所に置かれていた。テレビを観ないときは、布のカバーが掛けられ、それはそれは大切にされていた。
そのむかし、テレビは私たちの宝物だったのである。マイカー、ましてやマイホームなんて夢のまた夢の世界だった。
それがどうだ、人類は科学という玉手箱から夢にも思わなかった宝物を、まるで手品のようにつぎつぎと取りだしてきた。
飛騨高山が私のふるさとだ。
ふるさと高山市の友好都市の麗江は中国の奥地、チベットに近いところにある。
その麗江からさらに奥地に入ったところに時の止まった村があるという。
「時の止まった村」、そこに住む人々は文明にとりのこされ、簡素で物をたいせつにする生活のなかで、衣装・装飾品と信仰を心の糧とし、歌と踊りをこよなく愛す。家のなかで唯一の明かりは、かまどの火。
質素ではあるが、しかし貧しくはない。
年寄りは一日中ひなたぼっこだ。お金のことも、病気のことも、老後のことも、いっさい心配しない。
村の老人は謂う。
「ワシは生まれてから、ずっとここで暮らしていて、外に出たことはないんだ。出たいとも思わないね。だって、ほら、みんな、とほうもなく、あたたかくて、なかよしだからさ」
私は今朝も坂道を懸命に自転車を押して上ってこられるお年寄りを見ながら想像をする。
「ばあさんや、きょうも娘と孫の顔を見てくるよ」
「おじいさん、クルマに気をつけてね」
きっと老人はちかくに嫁いだ娘さんのところへ孫の顔を見に行くんだ、と。
ゆっくり行く者は遠くまで行く、という諺が西洋にある。
科学のレールに乗った私たちは、急ぎすぎてしまった。
自転車をおしながら、ゆっくりと上ってくるお年寄りのおだやかな表情を見ていると、私たちが玉手箱だと思っていた科学は、じつはパンドラの筺ではなかったのかと思えてきた。
あのお年寄りには科学の育んだ宝物よりもっともつと大切な心の宝物があるにちがいない。私たちが置き忘れてしまった、二度ととり戻すことのできない心の宝物が長いながい坂道の先にあるのだ。
ー K ー