龍村仁監督の連作映画「地球交響曲(ガイアシンホニー)」という映画がある。
「地球交響曲」は劇場公開ではなく、「地球交響曲を観る会」という自主上映団体が、全国各地で上映している「宇宙と地球と、地球に棲む生き物」のことを考える素晴らしい映画である。
1992年に「地球交響曲第1番」を皮切りに第6番まで製作され、現在も全国各地で上映活動がくり返されている、日本映画史上屈指のドキュメント映画であり、第1~5番をセットにしたDVDも発売されている。
今回はその映画の第一作目に出てくる感動的な象の話である。
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人類の歴史はたかだか350万年だが、しかし象の歴史は6000万年前に遡る。
象はたいへん深い皺の脳をもち、複雑で洗練された心を持っている。その人類に劣らぬ脳がいったい何に使われているのか、ほとんど知られていない。
象の仲間に赤ちゃんが産まれると、すべてのメスが赤ちゃん象の面倒をみる。偶々、ほかの群からやってきたオスの象でさえ、その赤ちゃんをこよなく愛するという。象は水飲み場ではほかの動物と決して争わず、水を分かち合う。
象の社会に主導権争いはない、一頭の年老いたメスが群のリーダーになる。
思春期を迎えた象は、群を出て老いたオスの処に行って修行をする。
老いたオスは、「いかに自分を律するかということや、誇りや威厳というものについて」若い象に教える。
象は大食であり、絶食にはきわめて弱い動物である。食べたものの60%は未消化のまま排出する。それには理由がある。
行動範囲の広い象から、未消化のままで排泄された植物の種は、遠くの大地にあたらしい芽を育む。
象の鼻は地上にいる蟻一匹でも嗅ぎわけることができる。
地面にのこされたニオイによって、その場所で何日も前に起こった出来事を正確に知る。
鼻をもちあげて何マイルも離れた場所の出来事や、そこに棲む生き物を知ることができる。
大きな耳では人間には聴くことのできない低周波を使い、はるか離れた仲間と交信をしている。一種のすぐれたテレパシー能力である。
道具をもたない象は、記憶のすべてを脳から脳へと伝えていく。だから歴史と経験の豊富な長老の象は、仲間から尊敬をされる。
象は自分の死を知っている。最期が近づくと食べ物をとらず、わずか一日で死を迎える。
その死の姿は、じつに静かで平和である。
象は仲間が死んだ場所に何度も何度も足を運ぶという。
彼らは死の意味を知っているのだ。
エレナという名の象がいる。
ダフニー・シェルドリックという女性が、アフリカに動物孤児院をつくり、親が殺された子象を助け、育てつづけて30年になる。
エレナは2歳のとき孤児として、ここで育てられたメスの象であり、すでに40歳にならんとする。
そこで成長したエレナは、あえて森へ還ろうとせず、孤児院にのこった。
エレナは森で象の孤児をみつけると、孤児院につれてきて、まるで自分の子どものようにして育て、そして子象が野生の象として、ふたたび森へ戻って生きるための教育の手助けしている。
さて、本題はここからだ。
人類は象牙をもとめて、象の大量殺戮をくり返してきた。密猟はこの10年間で10万頭にもおよぶという。
象は象牙が自分たちの社会に、おおきな悲劇をもたらしているということを知っている。
象は殺された仲間の白骨化した遺体を見つけると、象牙を取り外そうとする。取り外した象牙は粉々にされ、遠くの森の人目につかぬ場所に持って行く。
仲間の理不尽な死にたいする、最後のはなむけである。
象は人間が地球上でもっとも野蛮で残忍な生き物であることを知っている。
そのことは彼らのもつ深い皺のある脳にしっかりと刻みこまれ、語り継がれている。
野生に育たなかったエレナは、しかし、つねに野生の仲間と交信し合って情報をもらっている。
エレナは象牙がもたらす悲劇を知っている。
人間が、彼女の仲間に何をしたのかも知っている。
それでもエレナは人間の愚行を許し、なお人間を愛そうとしている。
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賢者はぜったいに許せないことを許す。
それこそが最高の力であり、偉大さであり、強さでもある。
象を前にして、いや、あらゆる生き物に人間は学ぶことが多い。
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