愛しい娘が生まれた大切な日付。もちろん、息子が生まれた4月19日も同様に・・・。
ありがたい事に妻は安産型なのか、息子の時も娘の時も陣痛から出産までの時間が短かった。「そろそろ生まれそうだ!」との連絡をもらい、慌てて病院へ駆けつけた。分娩室に入る手続きをして中へ入ると、妻が苦しそうにいきんでいる。マタニティ教室に参加して教えてもらった事を思い出しながら、一生懸命励ますこと15分、難なく赤ちゃんが生まれた。
元気な女の子だった。男二人兄弟で育った自分にとって、娘の誕生というものは、息子が生まれた時とは、また一味違う感動があった。世間ではよく父親は娘に甘いというが、自分も典型的にそのパターンの父親になっていった・・・。
それから10年余り、大病も無くすくすくと成長し、似なくていいところだけ親に似たのか体格のいい、やや肥満気味ではあるものの元気で口の達者な娘に成長していた。息子は中学生、娘も小学5年生となり、少しずついろいろな行動が親の手を離れていく時期になっていた。子供たちが成長していく事に喜びを感じながらも、だんだん親と一緒には行動しなくなり、自分たちの世界を築きつつある子供の姿に一抹の寂しさも覚えつつあった矢先、娘の先天性疾患が発覚した。
先天性? うそ! 今まで10年余り、普通に元気に暮らしてきた娘なのに・・・。
病名が判明してからの日々は急に慌しくなった。地元の総合病院では手におえず、岐阜市にある国立長良医療センターの小児外科を紹介され受診。その日から入院となった。夏休みまであと1週間という時期だった。毎日のように採血や各種検査を繰り返し、7月24日に手術が決まった。正直、悪い夢でも見ているような気分だった。
手術当日、5時間で終わると聞かされていたものが10時間経っても終わらない。看護師さんが途中、何度か情報を伝えてくださるものの不安な気持ちは拭えなかった。ようやく手術が終わったとの連絡が入ったのは、娘が手術室へと入ってから実に13時間後のことだった。日付が変わって25日の深夜1時過ぎ、ようやく娘が病室へと戻ってきた。長時間、よく耐えた、よく無事に戻ってきたな・・・ひたすら安堵の気持ちだけがこみ上げてきた。
それから約3週間、お盆過ぎには一人で歩けるようになって、無事、退院の日を迎える事が出来た。点滴が何本も入り食事を食べられない日が何日もあったこと。麻酔が抜ける過程で苦しそうにうめく姿。手術後の痛みやいろんな思いに耐えかねて気丈な娘が泣いていたこと。そんなことを思い浮かべると、こんなに早く退院できる事が本当にありがたかった。
そして、入院から退院までお世話になった主治医の先生、看護師の皆さんの献身的な治療や昼夜問わず、万全の看護とケアをしてくださった事に改めて感謝の気持ちで一杯になった。
主治医のY先生は、いかにも小児科のドクターという感じの柔和な方で、娘の不安を取り除く為に手術に関する質問などにも一つ一つ丁寧に分かりやすく答えてくださった。手術の時には、娘の負担が少しでも少なくなるよう出血を最小限に抑える為、丁寧に丁寧に切除を行ってくださったようだ。結果として手術の時間は長かったものの、回復は順調で早く退院する事が出来た。穏やかな優しい印象の先生だが、ひとたび検査に集中すると周囲の雑音は一切耳に入らないと言う凄い集中力を持った方。Y先生、本当にありがとうございました。
看護師の皆さんは、小児外科病棟全体で17、8名いらっしゃったと思うが、どの看護師さんも常に娘の病室を気にしてくださり、忙しいお仕事の合間に話し相手になってくださったり、仕事を休んで娘につきっきりで精神的に参っていた妻の心のケアをしてくださったりと、手厚いフォローで安心してお任せする事が出来た。小児病棟の看護師の皆さんにも心から感謝しています。
そんな一大事があった今年の夏、男所帯と化した我が家で、部活と塾と週末の病院通いだけでどこにも連れて行ってやれずに終わってしまった息子には、少々申し訳ない気持ちもあるが、大事な妹が元気に戻ってきた事を素直に喜んでいるから良しとしよう。
さて、そんな訳で、大病を乗り越えた娘の11歳の誕生日を間近に控え、娘に甘い父親としては、今年の誕生日プレゼントはどうしよう? などと考えながら、一段と甘くなってしまいそうな予感がしている今日この頃・・・平凡ながら健康の大切さと家族が毎日一緒に生活できる事のありがたみを改めて噛み締めつつ、娘の無事に感謝している次第・・・。
そして、そんな個人的な事情を察して、何かとご心配くださった会社経営陣の皆様をはじめとして、同僚の皆様の温かいお気持ちとご配慮に心より感謝の意を申し述べたい。
2009年9月吉日 ~T・H~