蝶はスキだけれど、蛾はキライ。
そういう人は多い。
私もそうだった。
その蛾を見たのは、たしか土曜の夜のことだ。風呂に入ろうとして脱衣場の灯りをつけたとき、ふいに暗闇から飛びだしてきた。
おそらく脱衣場の窓から飛び込んだまま、出口がわからなかったのだろう。
夜の暗闇のなかで、行き場がないままどこかにうずくまっていたところに、電灯の灯りが点き、躍り出たにちがいない。
さほど違いがあるわけではないのに、蝶なら手でつかむことが平気であっても、蛾だとなんとなく気味が悪いからふしぎである。こんなところにいては、死んでしまうから窓の外に逃がしてやろうと、おっかなびっくりに指で掴もうとするが、そんな塩梅だから、よけいに掴めない。そうこうしているうちに、蛾は脱衣場の暗闇のどこかに消えてしまった。
それがきのうの夜、脱衣場の電灯を点けたところ、あの蛾がまた飛び出してきた。おとついのときもそうだったけれど、蛾はまるで自分の存在を誇示するようにして、意識的に私の身体に、幾度もその羽をぶつけてきた。
するうち蛾は電灯の笠にとまった。私はそっと手を差しだすが、驚いた蛾はまた逃げてしまう。この前とおなじである。助けようとするこっちの気持ちがつうじるはずがない。ヤッコさんにしてみれば、下手をすれば殺されてしまうと思っているから、必死である。また脱衣場の暗がりに見えなくなってしまった。<
なかなかやるじゃないか、お前さん。
しかし、明日はあるまいそう思う。
ところが今夜もまた、ヤッコさんがあらわれた。
蝶の鱗粉はなんでもないのに、蛾のそれはなんとも気味がわるい。おそらく成分はさほど変わらないのだろうが、さわると腫れそうなので、指でふれるには勇気がいる。
おいおい観念したら、ラストチャンスだぞと念じつつ、手をそっと近づけると、どうしたことか、蛾は自らの意思かのように、ひょいとばかりに私の人差し指に止まった。
どうせすぐ飛びたつにちがいない。そう考えながら私は窓へ向かった。
依然として蛾はおとなしく私の指に止まったままである。おそるおそる窓をあけ、手を窓の外に出すと、蛾はふんわりと、夜の闇に消えた。
これを奇跡といえるかどうか。いや天地のひっくり返るような──大それたことではなく、生活のとるに足らない些細なことのほうこそが、奇跡に思えるようにもなる。
どこかで神さまが微笑んでいるのかな。