
大宇宙のなかで、この地球という惑星に類する存在は希有とする説と無数にあるという説の混在するなかにありながら、日々愛犬と散歩する時間が私にとってかけがいもなく尊く、やさしいもので、この時間と佇まいは全宇宙のなかでここだけのものと思えている。
このひとときは私と愛犬のあいだのことだけであって、この瞬間は宇宙の時の流れのなかでは、瞬きの長さの何億分の一の刹那、つまり無いこととおなじてあり、この記憶は無として永遠に葬り去られる。
さきの日曜日、私は愛犬とともにいつものように、近くの小さな森に散歩に出かけた。
ちいさな、といっても一周すると一時間はゆうに超えて、私のような老体には堪えもするが、牛に引かれて善光寺参りではないが、犬に引かれての体力づくりも満更捨てたものではない。
その散歩の途中の道で蛇を見かけた。
蛇といっても今年生まれたちいさな蛇だ。ちいさいけれど爬虫類のたぐいは、太古の時代に恐竜に追いかけ回されていた人類には天敵の子孫であるから気持ちのよいものではない。
この時節であってもこの日和に迷い出たのか。おいッ蛇クン、こんなところで日向ぼっこしていると車に轢かれてしまうぞ。チビ蛇を遠目に通りすぎた私は、なにを思ったか踵を返すと、木の枝を拾い蛇を枝にひっかけ恐る恐る繁みに移動させた。
道は林道といっても、結構交通量がおおいからきっと蛇は轢き殺されてしまう。いいことをしたなどと法螺を吹かないが、天から授かったイノチをむざむざ絶つのはしのびない。なんてったって生きるということは奇跡にちかい経験なのだから。
ついこの間は、どこぞの誰だかが釣ったでっかいマグロの横でほくそ笑んでいた記事を見たし、べつの記事ではおおきなイノシシを撃ちとった人が逆さづりのイノシシの横で笑っていた。
おいおい、そんなことが人間の誇りとでもいうのかい?
おのれのイノチの炎ののこりが気になり出してきたこのごろは、やたらとそんなことまで気になりだしてきた。
やれやれ……