戦争も終わって日本もようやく平和になってきた昭和二十年代の後半に私は生まれました。
私が生まれてからハシカ・肺炎・高熱が続き、親におんぶしてもらって頻繁に医者通いをしていたそうです。医者では泣いて駄々をこね、買ってもらったオモチャが気に入らないと家に着くまで泣き続けた事もたびたびありました。
こんなに世話のやける子供でしたが、おかげさまで家庭を持って子供を授かりました。
自分が親の立場になって初めて、両親のありがたみや大変さを身を持って感じることが出来るようになり、今では毎日を感謝して過ごしています。
私は入社して綿棒をずっと作り続けて、会ったことも顔も見たことの無い人たちが喜んで使って下さっていると思うと喜びと感謝の気持ちでいっぱいになります。
これからもこの気持ちをずっと持ち続けて毎日を過ごし、心のこもった綿棒を作り続けたいと思います。
W・A