私がいま心を傷めている事件のひとつに、8月28日の午後、高山市清見町のせせらぎ街道で愛犬を連れたまま行方不明なっている59歳の女性のことがある。
一緒の犬はスタンダードプードルで大型犬にちかい大きさなので、道に迷ったのであれば見つかるはずだが、山深い場所のこと山の中に迷い込んだのだろうか、必死の捜索にもかかわらず発見されないまま、捜索は打ち切られた。
事件から二ヶ月ちかく経っている。山中での恐怖を思うと、いたたまれない思いがするし、犬だってご主人の傍で悲しみに暮れているだろう。
あらためて人の生と死のふしぎを思う。
チリで奇跡の生還をした33人の人だって、いずれは死んでしまう。いま地球上で生きているすべての人たちだって、100年後には消滅してしまっているはずだ。
そんな感懐にふけりながら今朝新聞をひらくと、偶然とはいえ作家小澤征良(小澤征爾の娘)が「100年後とわたし」というエッセイを載せていた。
エッセイでは、100年後にはわたしたちはいない、しかし美しい自然だけは大切に遺していきたいとし、そのなかで日本人が人間の都合で滅ぼしてしまった「オオカミ」の素晴らしさを語っていた。
《無駄な殺生はせず、見事な騎士道精神を持ち、仲間を裏切らず、他を利用したり騙したりすることができないオオカミたち》
そのオオカミの素晴らしさを書いた本が出た。
マーク・ローランズという哲学者が仔オオカミと出会い、共に生活し、その死を看取るまでの驚異の報告だ。それはそのまま人間のあり方を問う教本でもある。
『哲学者とオオカミ』
検索をしたら地元の図書館に蔵書としてあったので、早速借りることにした。
余談になるが、私の愛犬は5歳になるコーギーだ。
この犬に、私は心に秘めた思いがある。人と犬に優劣はなく、等しく対等であるということ、そして犬に生まれてきて本当によかったという暮らしをさせることだ。
伊香和美さんも、きっとおなじ思いで愛犬と接していたのだろう。写真を見ればそのことが手に取れる。
伊香和美さんと愛犬の早期発見をお祈りしつつ。
